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僕の法政大学史53 2012年11

10月19日、法大デモの日が訪れた。


正門はいつも通り封鎖され、外堀公園には公安警察が待機し、キャンパス内では教職員が監視業務にあたっていた。


6年間、何度も何度も見てきた法政大学の光景だった。
僕はこの光景を、恐怖や不安や偽善から何度も何度も通り過ぎてきた。その間に、先輩が、同期の齋藤君が増井君が処分・逮捕され、他大学のノンセクトの後輩までも、23日間を留置所の中で過ごすこととなった。そしてこの光景に象徴される恐怖支配が、多くの僕の法政大学の友人を「大学の決定には逆らえない」「逆らったら自分の身があぶない」と絶望に陥れた。


6年間、6年間も僕はこの光景を見続けていた。


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(全て3・14法大弾圧を許さない法大生の会さんのブログ記事より)





昼休みまでの時間を僕は55年館のトイレの個室に篭っていた。


緊張からか震えが止まらなかった。
この後、僕は逮捕されるかもしれない、処分されるかもしれない。怒りと恐怖が心の中で混じった。そして、この大学でのたくさんの出来事が頭を過ぎった。携帯は置いて来たため、外の情報が全くわからない。時間がわからないことで、昼休みまでの時間が異様に長く感じた。


また緊張とともに、疲労も大きかった。
この数週間で、隣人に包丁を振るわれ、分派があり、そして法大への結集の呼びかけに動き回った。心配されたり、批判されたり、罵倒されたり、裏切られたりということが短期間に起こりすぎていた。これからの自分の行動をイメージしようとしたが、上手く頭が働かなかった。冷静な状態ではいられなかった。これまでの抗議活動や集会やデモとは、全く違う精神状態に置かれていた。

ただ、その中で今ここで外に出ては行けないということだけは頭の中にあった。職員に見つかったら全てが無に帰ってしまう可能性もある。僕はトイレの中で昼休みを告げるチャイムが鳴るのをグッと待った。これ以上ないほどに長い時間だった。同志たちのことを思い、みんなは無事なのかと心配が頭をよぎった。




しばらくして昼休みを告げるチャイムが鳴った。12時40分。
迷いは、もうなかった。僕は覚悟を決めて、決起を開始した。
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Author:自由空間
先輩が作ったサークルが廃墟になってしまったので、かなり個人的に使っています。

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