FC2ブログ

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

僕の法政大学史45 2012年3

後輩の逮捕の報を聞いて、僕はすぐに救援限定で現場に戻ることを決めた。
その上で、まず考えたことは、これは相当まずいことになったという事だった。



ノンセクトの学生運動というものは、口で大きなことを言ったり、あるいは実際に体を使って行動を起こしていたとしても、内実が強固であることは少ない。担当直入に言ってしまえば、逮捕によってほぼ壊滅される場合が多い。さらに、今回の場合は逮捕された後輩(以下、A)は、運動の中心人物の二人のうち一人だった。一人は二月に既に運動を離れており、もう一人のAは逮捕。これから運動を継続することは非常に困難になるであろうと考えた。


また、そもそも救援自体が非常に難しいものになるだろうと思った。
僕たちはそれまで文連・全学連とは一線を画して行動してきていたが、逮捕された現場は法政大学における文連・全学連主催のデモである。共同の救援、あるいは部分的に連携、どのような関わり方であれ、今まであった境界線のようなものの位置を変更しなければならない。そのことによって、内部における混乱が生まれる可能性があることは容易に想像できた。


この2点のことから、この時頭に浮かんだ最悪のシナリオは、これまで築かれてきた関係性の深刻な瓦解、そして運動自体の終了というものだった。また、そうなるであろう可能性は決して低くはないように思えた。中・長期的な今後については効果的な打開策は浮かばず、頭の中にはただ、まずいことになった、という言葉だけがあった。



564845368.jpg
(逮捕時の写真、文化連盟ブログより)


僕は、仕事の研修を終えてすぐに救援の話し合いが行われている場所に直行した。
話し合いにおいてまず僕たちがしたことは、文連・全学連とノンセクトとの共同救援の確約だった。このことは、ノンセクト内の数名に話をしたのみで決定した。

これは今までの僕たちの決定方法とは明らかに異なっていた。
これまで僕たちは、数人のみで話し合って即断即決というような進め方はしてきておらず、基本的に話し合いを前提としていた。しかし、救援においてそのような時間の余裕はなく、またそうすることで良い行動を出来る可能性も高くないと判断した。後から大きな混乱を生むことは予想できたが、これが現状におけるベストな判断と選択だと確信を持ち、それがぶれないように強く信じた。



そういった判断をする上で、僕個人が最も重要だと思ったことは、獄中のAのことだった。
運動の継続や、これまでの関係の瓦解など、考えなければいけないことは多々ある。しかし、最も重要なことは今現在、逮捕され留置されているAだった。何となくアリバイ作り的な連携のとり方、あるいは全く別の方法の画策など、方法はいろいろあったのかもしれない。しかし、それは運動的にも、そしてAのためにも、僕は良い方法だとは思えなかった。

僕がこのように考えた理由としては、あるいは2009年暴処法弾圧の僕自身の経験の影響が強くあったのかもしれない。
密室の取調べ室で脅され、罵倒され、屈服し、友人を売る。僕と同じような経験を、同じような挫折を、絶対にAにはしてほしくなかった。もし、そんなことになってしまったらAが外に戻ってきた後に本質的に回復することは難しくなるのではないかと考えた。彼は留置所内においても、信念を持って戦い、自信を持って戻ってきてほしかった。



また、僕の個人史においても、文連・全学連と共に主体的に行動をするというのは始めてのことだった。
運動を始めた2009年の法大の飲酒規制から僕が持っていた問題意識は逮捕処分を覚悟で戦うか、大学に屈服するかの100か0の状態ではなく、1~99の幅をつくりたいということだった。この考えは今でも僕の中にあるし、当時はさらに強いものだった。しかし、だからと言って後輩が逮捕されているのを黙って見過ごすことは僕はできなかった。

それに、心の中では文連・全学連に対するシンパシーという以前までは思うことのなかった感情が生まれていたのかもしれない。
僕は、少しずつ、少しずつ、ノンセクトで学生運動をすることに対する、苦しさ、つらさが溜まっていき、運動を離れた。その過程において、文連・全学連の僕たちよりも体を張り、しかも運動を継続させているということは決して簡単なことではないことを十分に理解した。実際に自分で運動をしてみたことで、僕の心の中に変化が生まれていた。

僕はこの時に始めて、自分が100の側の場所へと立った。この時を持って、僕はそれまで僕の中にあったであろう曖昧性をある部分では捨てさった。



2012年4月19日、文連・全学連とノンセクト共同のAを取り戻すため23日間の救援が始まった。
しかし、その日々には、事前の予測どおり多くの困難が待ち受けていた。
スポンサーサイト
プロフィール

自由空間

Author:自由空間
先輩が作ったサークルが廃墟になってしまったので、かなり個人的に使っています。

最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
カテゴリ
フリーエリア
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。