スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

僕の法政大学史33 2010年⑦

12月22日、後の学内全面禁酒を決定付けることとなる飲酒規制説明会が行われた。
結果を見ると、12月22日の飲酒説明会は完全に学生側の敗北であった。そしてこの日、負けてしまったことにより、市ヶ谷キャンパスは現在にも続く学内全面禁酒の状態へとなってしまっている。

12月22日に関しては素晴らしい思い出、悔しい思い出の双方があるのだが、その両方について簡潔に記したいと思う。


飲酒説明会が始まる一時間ほど前から、有志でヘリオスに集まり、景気づけにと酒を飲み始めた(規制前なので当時は学内で日常的に飲酒できた)。
この日は、ついに来た飲酒説明会の日に皆いつもより高揚していたのではないかと思う。僕も、説明会前に酔い過ぎないようにとあまり多くの量は飲めなかったけれど、これから始まるであろう騒動に向けてワクワクが止まらなかった。いつもの事ながら、事を起こす前の時間というのは、本当に幸せだった。


12・22日の飲酒説明会粉砕闘争では、できる限りの飲酒規制反対する学生に呼びかけた上で、以下のような方針を立てていた。

学生センター職員による来年度からの飲酒規制の説明が始まる。

学生センター職員の発言途中に僕が挙手し、「飲酒規制に反対します」と発言する。

事前に声をかけた人たちが後に続き、野次や怒号を飛ばす。

その流れのまま説明会を押し切る。



短い準備時間とは言え何度も話し合い、頭の中でも何度もイメージしてきた方針である。
しかし、実際に飲酒説明会が始まり、宮崎学生センター長(当時)が規制内容について話しを始めた後は気が気でなかった。
どのタイミングで挙手して発言すべきか、自分が発言した後に野次が続くのか、学生センター側はどのような対応を取るのか…さまざまなことが頭をよぎった。緊張で足がガクガクと震えた。
恐らくは数分ほど、学生センター側の説明の様子を伺い、タイミングを見計らって、挙手し、「飲酒規制に反対します」と発言した。
そして、少し間をおいて「そうだ!」「ふざけるな!」「一方的にルールを決めるな」「酒を飲ませろ」と抗議・野次が次から次へと続いた。この瞬間というのは、本当に嬉しかった。


この時は積年の恨み爆発という感じで、今までの大学の一方的な規制に対する怒りをぶつけることができたのではないかと思う。その抗議・野次の勢いにより、30分ほど学生センター側の説明を中断させることに成功した。
「なぜいつも学生にとって都合の悪い規制は後期末に発表するのか」「そもそもこの規制はどこで決まったのか」「学生生活に影響の出るルールを勝手に決めるな」「飲酒規制は認められない」と、この間の不当性を余すところなく指摘した。


しかし、抗議している最中に、僕の中では困ったことになったなという感覚があった。

学生センター職員は思ったよりも動じずに対応しており、全体の怒りを静めようとしていた。そしてそれは着実に効果が現れていた。説明会終了させるまでは2時間以上の時間を残していた。この状態を維持して最後まで押し切るのは難しいなと思った。

とにかくできる限りの批判や抗議の言葉を並べて時間を稼いでいる間も、学生センター職員はほぼ動じることなく「とりあえず説明を聞いてくれ」「抗議・批判は後で聞く」と繰り返していた。

ここからどのように全体の場を運ぶべきか、大きな迷いが生じた。


反省として、この辺りはこちらの計画が完全に稚拙だったと思う。
説明会以前の準備段階では「学生はこんなに怒ってるんだぞ」ということを示せば何とかなるだろうという程度の認識しか持っていなかった。

法大においては、規制の説明会自体が久しぶりのことであり、またその場で抗議行動をするということは僕が入学して以降一度もなく、また直近の先輩でも経験したという人はいなかった。一方、職員側は蓄積があり、過去と比べたときに僕たちが行ったレベルの抗議には慣れていたのではないかと思う。向こうが怒りで応答してくれたり、言葉を詰まらせたりなどしてくれれば良かったのだろうけれど、そういった様子は全くなかった。

敗因の一つとして、蓄積がなかったことを上げることができると思う。
しかし、それは準備しようと思えばできるものだった。問題は、蓄積がないということに気づかなかったことにある。現実的にどうやって説明会を「粉砕」するのか、その認識が僕たちは甘すぎた。


しばらくの膠着状態が続いた後に、学生センターに対して学内全面禁酒の説明の時間を与えてしまった。
この時を持って、学生に対して来年度以降の全面禁酒について説明し、了承を得たというアリバイを向こうに与えてしまった。
今になって当時の状況を振り返っても、どんなに粘ったとしても同じ結果になっていただろうとは思う。結局、事前準備の時点で12月22日の勝敗は決まっていた。




この日の後に、何度か学生との話し合いの場を設けられたが、後は敗戦処理といった感じだった。学生側の体制も整わず、どうすることもできなかった。



2009年度に勝利で終った飲酒闘争は、2010年度にひっくり返されてしまった。
近年の法大で数多く設けられている規制の一つと見れば、そう見ることもできるだろうとは思う。町田移転、学館解体、旧三本部解体などと比べたときに、事象としては飲酒規制というのは小さいもしれない。

しかし、このようにして2011年度以降の学内全面禁酒のキャンパスが作られてしまった。
2010年度は、来年度以降の学内全面禁酒という規制の決定を持って終了した。
スポンサーサイト
プロフィール

自由空間

Author:自由空間
先輩が作ったサークルが廃墟になってしまったので、かなり個人的に使っています。

最新記事
カテゴリ
FC2カウンター
カテゴリ
フリーエリア
リンク
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。