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僕の法政大学史28 2010年②

僕が飲酒規制問題に取り組んでいる一方で、齋藤君や増井君は2010年に入ってからも逮捕前と同様に文化連盟として中核派と共に闘争を継続していた。

増井君や齋藤君が戦っているのは、法政大学全体のあり方、思想信条の自由を侵すような中核派に対する弾圧という非常に大きなもので、僕が力を注いでいるのは学内で酒が飲めるか飲めないかという学内の局所的な場所での戦いだった。

そのためか、保釈条件が解けて会うことができるようになった後も、考え方でどこかかみ合わない面が出てくるようになった。


中核派や文連に対する大学の弾圧は相変わらずひどいものであったが、それでも僕は以前と変わらずそこで逮捕覚悟で一緒に戦うという気持ちはなかった。それに僕にとっては、中核派に対する弾圧よりも、自分の目に映る後輩たちに学内の飲酒環境を残せるかどうかの方が重要な問題だった。

むしろ僕は飲酒規制におけるルール作りにおいて、中核派や文連を除いて完全な一般学生の問題として扱ったほうが、上手くいく可能性は高いとさえ思っていた。そのため意識的に中核派・文連の戦いと自分がやっていることを完全に別個のものとしているところもあった。部分的には文連・中核派排除の方向に僕の行動は動いていた。

このことは感情的に複雑な面もあった。
そもそも僕が昨年に飲酒闘争を始めた発端は増井君や齋藤君がいなくなったキャンパスで次は自分が戦わなければならないという使命感からだった。それなのに保釈されて出てきた後も一緒に戦うということはなかった。逮捕前とは違い、僕も傍観者から戦う側に移ったはずなのに、以前よりも距離を感じるようなときもあった。



齋藤君や増井君とは別の方向に進み、昨年共に戦った浅井君は卒業してしまい、後輩も巻き込むことができないという状況にときには強い孤独を感じた。一体自分が何のために戦っているのかわからなくなることもあったし、戦えば戦うほど一人になっていくような感覚があった。

それでも、例えほぼ一人でルール案を作り当局と交渉することになろうとも、心の底から信頼できる人がいなくとも、戦いの分が悪いものであろうとも、自分の持ち場を離れるということは考えなかった。自分一人になろうと、今ある状況の中でベストを尽くそうと思った。

2010年は、当局が出した飲酒ルールのたたき台と、学生教職員から集められた飲酒問題のアンケートを読み込んで、どうすればキャンパスで飲酒できる環境を残せるかを考えて、ルール案を作るという日々が続いた。
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Author:自由空間
先輩が作ったサークルが廃墟になってしまったので、かなり個人的に使っています。

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