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僕の法政大学史13 2008年4月⑤

4月下旬、08年度文化連盟本部員信任投票が行われた。

信任投票当日、どのタイミングだったのか自信を持てないが、07年度本部員が所属サークル全てに今後も文連に残るか脱退するかを決定させた。そしてその結果として文連に残るサークルは10サークルまで減った。

07年度の文化連盟は34サークル所属なので半分以下の数である。しかし、今になって思い返すとよく10サークルも残ったと思う。
本部員立候補者は07年度、野党的立場で本部批判を繰り返していた被差別サークルの齋藤と増井。そしてどこの誰かもわからないぽっと出の無所属・弱小サークルの僕。全員2年生ということで当然本部員経験もない。本部を運営するには客観的に見て荷が重過ぎる。

10サークルが残ったのは、少なくともこの時点では07年度的文化連盟の継続したいという希望があったからだと思う。被差別以外の全サークルをひとまとめにした完全に大学管理下の新本部でなく、文化連盟的コミュニティと文化連盟的な力を大学の中に残したいという意思がまだ残っていた。

歴史に「もし」はないのだが、もしも古芸連が折れずに残っていたら状況は少し違ったのかもしれない。古芸連を入れれば15サークル。サークルの集合体としては悪くない数である。それに07年度まで本部の中心だった古芸連が残っていれば他の脱退サークルの対応も変わっていたかもしれない。




信任投票を前に僕たちはそれぞれ演説をしたのだけれど、誰がどのようなことを話したのか全く思い出せない。

立候補を決めてから数週間は、僕が大学に入ってから経験したことのない非日常だった。
07年度本部員からの激怒、ジャージ部隊による学内生活の撮影、古芸連Oさんの立候補撤回、友人からの非難、文連支持派の中での意見の違い。

色々な人が僕に意見を言い、会ったこともない人が僕に攻撃をし、考えなければいけないことも山のようにあった。信任投票の日を一つの終着点として考えていたので、ついに訪れたその日に頭の中が真っ白になっていた、


それでも信任投票の一連の流れの中で明確に思い出せることが一つだけある。


演説が終わり開票を待つまでの間、僕たちはその場を少し離れ、「お疲れ様」と互いを労った。この時に何故だか気持ちがすっと楽になった。このころストレスやプレッシャーからか僕たちはそれなりに追い詰められた状態にあった(僕で言うと常任前に嘔吐していた)。多分、僕以外の二人にも辛いことが多くあったと思う。

結果を待っている数分間の間、「結果はわからないけれどやれるところまでやった」という連帯感のようなものを僕は感じた。他の誰が何と言おうと、どんなに追い詰められようとも、僕は齋藤と増井を信じて信任投票の日まで来ることができた。僕にとってこの時の数分間は不思議な幸せがあった。もしもこれがフィクションなら僕はここで物語を終わらせてしまいたい。



投票結果は一瞬で発表された。それまでの苦労と反比例するかのようにあっという間だった。投票の結果、文化連盟は10票中7表を獲得し、継続することとなった。
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Author:自由空間
先輩が作ったサークルが廃墟になってしまったので、かなり個人的に使っています。

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