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法大関係者の方に取材⑨ 多摩からの学館解体①

今回、取材に答えてくれたのは多摩キャンパスに通っていたOBである。多摩キャンパスに通いながら、市ヶ谷のサークルにも所属し、学祭実にも関わっていた。
市ヶ谷とはある程度の距離を持ちながら当時を、学館解体の問題を見ていた。
その視点からは何が見え、何を思ったのか。当時のことを話してくれた。





――学館が解体される経過というのはどのようなものだったんですか?

 本部員を輩出していない、一般サークル員レベルで学館がなくなるかもしれないという雰囲気になったのは二回目のボヤ以降じゃないかな。
 03年の一回目のボヤで夜間出入り禁止になっているけれど、解体されるんじゃないかという重い雰囲気はそこまでなかったと思う。


――1回目のボヤではあまり危機感がなかったんですか?

 解体されるとは思わなかったけど、学館の管理形態を少しずつ変えていけなければいけないと思ったよ。それは私だけでなく市ヶ谷で本部に関わっている人はみんな思っていたと思う。
 当時の学館の事実上のトップ(以下、Aさん)は相当頑張ってたわけだしさ。夜間をもう一度使えるようにする方法を一生懸命考えていた。


――あなたはそのとき決定に携わる立場にいたんですか?

 私は多摩の本部の人間だからね。学館を残す残さないとか、残すためにどういう交渉をするかとか、そういう方針決定は市ヶ谷で決定するべき話で。多摩の本部の人間が干渉できる話じゃない。


――市ヶ谷の交渉を見ていてどう思いました?

 もっとやり方によってはいい方向で交渉できるだろうとは思ったよ。ただ、一回目のボヤの後にAさんは相当苦労していた。防災規定とかいろんなものを作って各団体の会議にかけて話し合いをして…。
 でもサークル員レベルでの意識とすると本部のやっていることは良くわからないから、「学館が戻ってくるなら何でもいいよ、任せますよ」という感じだったと思う。
 Aさんに全部掛かっていたわけですよ。他の人もいろいろやっていたんだろうけど、私のような中途半端な位置から見ているとAさんに相当な負担が掛かっているように見えた。


――Aさんをフォローする人はいなかったんですか?

 どうだろうね…。私が見ている中ではあまりいなかったと思うよ。Aさんが人に頼る性格ではなかったっていうのもあるけれど…。
 これは学館だけでなくそれ以降の法政についても言えるんだけど、トップのやり方を批判するんだったら自分が動けっていう話なんですよ。批判している人は何かを残そうとしたのかと。本気でやろうと思ったら、本部員やって、雑用やって、信頼を作らないと話にならない。もしくは思いっきり引っかき回すか。文句言うんだったらそのくらいやらないとダメだよ。


――Aさんの行っていた交渉が終わる前に二度目のボヤが起きたんですよね?

 Aさんがもう一度学館を夜間使用できるように各方面との交渉を頑張っていたのにも関わらず、その間も木材が上から降ってきて警備員に当たりそうになったり、タバコを吸ってはいけないと注意書きをした場所でタバコの燃え残りがあったり、細かい事件が色々起きたんだよ。
 「ここまできてもお前ら(学館を使用している一般サークル員)は学館を守る気はないのか」という思いがAさんの中には常にあったと思う。
 Aさんに相当な負担が掛かっている状態で二回目のボヤが起きてしまった。



次回は4月3日ころに掲載予定です。
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プロフィール

自由空間

Author:自由空間
先輩が作ったサークルが廃墟になってしまったので、かなり個人的に使っています。

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