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僕の法政大学史5 2007年11月

2008年度に向かう過程で2008年2月~3月に行われたことが重要になる。時系列が前後してしまい申し訳ないが、先に2008年2月に至るまでの僕の状況について触れておく。


2007年11月下旬以降、僕は大学からは距離をとることにした。常任にもサークルにも行かず、授業も体育くらいしか真面目に出ていなかった。

このころ大学におもしろさを全く感じられなくなっていた。第一回で大学に「何かおもしろいこと」を求めていたと書いたが、そのころの大学は僕にとってとてもつまらない場所だった。


始めは学友会再編に反対を示した文連執行部だが、このころになると毎週の常任は建設的な話し合いは何も行われない、毎週何も進展しない不毛な場所になっていた。理由の一つとして、多くのサークルが「学友会が再編されようがもうどっちでもいい」という雰囲気になってしまったことがあると思う。

多くのサークルが学友会再編によって危惧していたのは来年度以降のサークル費である。学費の中には学友会費として(確か)3300円が含まれていて、このお金が当時のサークル本部などに与えられ、そこから所属サークルに分配されていた。
そのためサークルの不安は学友会費がなくなったらサークル活動ができなくなるのではないかということが強かったのだが、このころになると来年度以降も補助金という形でお金をもらえることが明らかになっていた。このことが全体の雰囲気に影響を与えたのではないかと思う。

学友会再編以外でもそうだが、学内の何かしらの規制はその規制に関係する全ての団体・人に反対されるようなものは絶対に作られない。もしも全ての人に反対の意を示されたら規制を作ることは容易ではなくなる。だから、過半数が「それならいいかな」と妥協できる内容で発表され実施される。

補助金がある程度もらえることがわかってからも学友会再編に反対の姿勢を前面に示していたのは、08年以降の文連を形成する中核系サークル・ノンセクト系サークル(ノンセクトの定義は非常に難しいのだが、今後「反大学当局的な姿勢を示すか、行動をとる学生」をまとめてノンセクトと呼ぶ)が中心になっていた。しかし前回書いたような雰囲気と過半数の妥協もあり、議論は全く進展せず具体的な行動も行われそうになかった。


そのころ僕は所属していたサークルでも物足りなさを感じていて、サークル活動に短い大学生活の大切な時間を傾けることに疑問を感じていた。常任のつまらなさとサークルの物足りなさが重なったことで僕は大学から一度離れてみることを決めた。

自分本位かもしれないが、このころは「これからの法政の学生文化がどう変わるか」とか「来年度以降、サークル本部がどうなるのか」よりも何かもっとおもしろいことはないのかということの方がずっと重要だった。07年という年は僕は学内政治の端っこにいたし、僕が常任に出ようが出まいが何も変化はないので大学から離れることに大きな迷いはなかった。


その後11月下旬から2008年春までは大学外の活動を軸にしていたので、その間にどのような経過があったのかを僕は詳細には知らない。しかし一つの重要な局面になった2008年2月に僕は少しだけ大学に戻ることになる。2008年2月を僕は大学から少し離れた状態で迎えた。
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Author:自由空間
先輩が作ったサークルが廃墟になってしまったので、かなり個人的に使っています。

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