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法大関係者の方に取材④ ロングインタビュー 7年間の記憶⑤

学生会館の終焉




――学館解体の際に当時の学生連盟の人が当局に買収されたという噂もありますが、それについてはどう思いますか?

 買収されたというのは事実ではありません。
 当時、学館の運営を担っていた人達は一回目のボヤの後、頑張るんだよ。夜間を立ち入り禁止されたけれど、申請方式でもう一度学館を夜間も使えるように当局と交渉するんだ。いろんなサークルをまわって意見を聞いて、当局と密に交渉する。ところが、残念なことに04年の春に二度目のボヤが起きてしまう。
 これはオレの予想だよ。多分、当局と交渉していた学生はそのときに吹っ切れたのかもしれない。「オレがこんなに頑張ってるのに…」って。ようやく夜間使用の限定復活の可能性が出てきたところにまたボヤだからね。「もういいや」って思っちゃったんじゃないかな。当局に買収されたというよりは抵抗の力をやめたという方が正しいと思う。

 解体時に学館の運営を担っていた人の中には一年生のころから本部に関わっているというサラブレッドの人もいたんだ。サークル活動のための本部員じゃなくて、本部員としての活動がサークル活動になっちゃってたんだね。もしかしたら、そういう人の中には「サークルはオレが守ってやってるんだ」という意識があったのかもしれない。
 ストックホルム症候群じゃないけれど、毎日のように顔を合わせている当局の方がサークルを守る上で手を結ぶべき相手だ、と「現実的に」判断したのでしょう。


――結局、2度目のボヤを契機に学館は解体されるんですよね?

 2回目のボヤで夜間立ち入りの交渉が実るどころかそれも不意になって、04年の春に全面立ち入り禁止になるんだ。
 この時もターニングポイントだよね。夜間はともかく昼まではおかしいだろって言い出す人間が中枢に一人でもいればそういう方向での交渉が進んだ可能性は高かったと思う。なぜなら、この2回目のボヤは当局が立ち入り禁止を徹底していた夜間の漏電が原因だった。冷静に考えれば昼間の使用と関係ないし、無人の学館を夜間警備していたガードマン(法大当局が雇用者)は何をしていたの? という話です。学生事務局員が常駐していた一年前なら確実に消火していたはずでした。論理的正当性もあったのです。

 当局もすごく怖がってんだよ。閉鎖した後、学館の前にロープを張って大学職員と連盟事務局の人間が学館から各サークルが荷物を外に出すチェックをするんだ。そのときに荷物を取りにいける人数を制限した。しかも一つのサークルが入っている間は出てくるまで他のサークルは学館に入れない。
 当局は学生にまた学館を占領されるのを恐れていたんだよ。はっきり言えばそのときに一気にがっといけば良かった。それは強気の交渉とか、場合によっては実力で使用再開して既成事実化するとか。どういうわけか当局の「出かた待ち」をしちゃったですよ。一か八かでやればよかった。でもトップの学生連盟が折れちゃってるからそれはできなかった。


――もし、そのときに実力行使していたら学館は解体されていなかったかもしれないということですか?

 もちろん今にして思えばだけどね。当時はそれがベストだったのかもしれないし。わからない。ただ、「万策尽きて」というわけではなかった。「余計な」主張はしないでそれと引きかえにその後の交渉を有利にする、具体的には古い学館にはこだわらないで混乱なく外濠校舎の完成を待つかわりに、サッタホールなどの設備充実や運用ルールでの譲歩を法大当局からひきだす作戦だったのだと思います。


次回は6月1日付近に掲載します。
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自由空間

Author:自由空間
先輩が作ったサークルが廃墟になってしまったので、かなり個人的に使っています。

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